日本舞踊ってなんだろ??
「日本舞踊」に関わる者として、イメージが固まってしまってる事に気付いたので少しでも「そうじゃないんだよ~~~!!」とお伝えしたいのでブログにしてみました。
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招き看板(まねきかんばん)

12月の京都南座「吉例顔見世興行」では劇場正面に出演俳優の名前が書かれた看板が掲げられ、京都の師走の風物詩となっています。

これを「招き看板」あるいは略して「まねき」と呼び、江戸の芝居小屋から続く宣伝方法ですが、現在ではこの顔見世興行が最もおなじみとなっています。その名の通り「招き入れる」という意味合いから興行の大入をイメージしていますが、見た目にも古風な味わいで歌舞伎芝居の風景に良く似合います。(引用 歌舞伎美人

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しゃべり
元禄歌舞伎の代表的な作品である近松門左衛門作『けいせい仏の原』は、元禄十二年(1699年)に京都・都万太夫座で初演され、大当たりをとりました。

 中でも好評を博したのは、初代坂田藤十郎の演じる梅永文蔵が、恋人の遊女との馴れ初めや、痴話喧嘩の様子を、長々と仕形咄(しかたばなし)でしゃべって見せる件でした。俗に“しゃべり”とも称される、この長咄の趣向は、その後様々な作品に取り入れられ、今日では『八重桐廓話(やえぎりくるわばなし)』(本名題『嫗山姥(こもちやまんば)』)で見ることができます。

 

川連法眼(かわつらほうげん)
義経はまだ牛若丸といった幼少の頃、鞍馬山の別当(べっとう)、東光坊蓮忍(とうこうぼうれんにん)に預けられました。『義経千本桜』の通称“四の切”の川連法眼館の主、川連法眼は、その東光坊の弟子の一人、つまり義経には兄弟子に当たる人物でした。

 

猿若(さるわか)
出雲の阿国を描いた絵画資料に、すでにその存在が確認できる“猿若”は、初期歌舞伎の道化方として、おかしみある演技を見せ、喝采を浴びていました。後には、猿若を主人公とした「猿若」狂言が作られ、上演されるようになりました。

 

戸隠伝説(とがくしでんせつ)
能や歌舞伎の『紅葉狩』の基になっているのは、信州戸隠に伝わる鬼女伝説です。

 清和源氏の祖である源経基(みなもとのつねもと)の局となった紅葉という美女が、正妻との争いから呪術を行ったのが露見したとして戸隠に流されました。土地の人々は都からきたこの紅葉を暖かく迎えましたが、朝廷側はなおも、紅葉が都への回帰を願い資金を調達のため徒党を組んで山賊行為をしていると、平維茂(たいらのこれもち)を派遣し紅葉を討伐させたそうです。

(引用 歌舞伎美人

 

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